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印刷博物館の企画展示「天文学と印刷」を見てきました

トッパン小石川ビルに併設されている印刷博物館で2018年10月20日から2019年1月20日まで開催されている企画展示「天文学と印刷(公式サイト)」を見てきました。

公式サイトの解説にもある通り、印刷技術を軸にしてコペルニクス、ティコ・ブラーエ、ヨハネス・ケプラー等の天文学者たちの業績を追うという企画です。

グーテンベルクが活版印刷を発明したのが1450年ごろ。
この発明により、それまで情報の固定と伝達は手書きによるしかなかった世界に機械での複写による情報の大量伝達という革命が起きます。
その後100年ほどの間に印刷技術はヨーロッパ中に発展・伝播するなかで、
古代天文学の権威、プトレマイオスが記した占星術書「テトラビブロス」のラテン語版が1400年代後半に出版、科学書「アルマゲスト」のラテン語版が1515年に発行され、これが広く流布することになります。

ご存知の通りプトレマイオスの天体理論は「天動説」でした。
これに異を唱えて「地動説」を提唱したのがコペルニクスであり、それを観測で実証したのがガリレオ、惑星が円軌道ではなく楕円軌道であることを実証して地動説を世に知らしめたのがティコ・ブラーエでありケプラーである。
というのは宇宙に興味を持つ方であればなんとなくご存知かと思います。
この3人の科学者の業績を下で支えていたのが印刷所であり印刷技術だった、という趣旨の展示です。

より具体的には、当時印刷所とは単なる印刷をする工場というだけの役割ではなく、
彼ら科学者にとって自説を世に広めるために使いこなすべきツールだった、という内容。
また同時に観測結果を文字に起こして検証する学術研鑽の場ですらあったということ。
多くの場合天文台と印刷所は同じ場所に設置されており、財力のある天文学者であれば島一つ買い切って天文台と印刷所を抱えているケースすらあったということ。

プトレマイオスの天動説の一般化に役立ったのが印刷技術であり、コペルニクスの地動説が天動説に打ち勝つに至ったのも印刷技術の発展によるものだった、という点は非常に興味深い内容でした。



天動説は今でこそ当たり前の知識として受け入れられていますが、わずか600年前にはそれが異端でした。
そしてその後の科学技術の発展をもってしても天王星の発見は1781年、海王星は1846年、冥王星は1930年になってやっと発見できたこと、
そして2018年現在でも冥王星の先にどんな天体があるのかないのか、はっきりしないということをご存知の方も多いかもしれません。

過去を俯瞰して、ともすると地動説を鼻で笑いかねないような最先端の時代を生きている(と思っている)私たちですが、
あくまでそれは現在から未来へつながる科学技術の発展のひとコマでしかないということを改めて認識することができました。

特に中世の科学技術の発展に印刷技術の革命と進歩が深く寄与していたということは示唆に富みます。
「情報媒体」という意味での「メディア」の重要性。
ただ正しいことを言うだけでは伝わらない。
「メディア」としての印刷工場と技術を持っていたからこそ理論に革命を起こすことができたという点で今に通じるものがあります。
600年前の当時はそれが印刷技術の結果としての「書物」でしたが、今はそれが新聞・テレビを経てネットメディアに変わりつつある。
そしてこの先どうなるのかもよくわからない。


PV数ばかりを競う風潮ですが、私のブログはそういうのあまり気にせずいられる立ち位置です。
当時はPV数とか販売数とかを気にするような状況ではもちろんなく、
ただ純粋に新しい発見、観測から導き出されるより正しい情報を知ってもらいたい、そういう気持ちで印刷・出版されていたのではないかと想像します。

私のブログもメディアというほどのものではありませんが、あくまで「何かを伝える」ではなく「私が伝えたいこと」を主眼として、これからも続けていければなーなどと思う年の瀬でした。


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